子どもがどんな気持ちでいるか、どうしたら理解してくれるかを想像して、支援する

ーー  12月11日  ーー

自閉症がある子どもの支援についてです。

 自閉症と言っても、子ども一人ひとりで状態が異なるのですが、この子たちはよく「こだわりが強い」と言われます。「こだわり」が見られた時に、支援者が「自閉症だものね」とみなして「こだわりがあるのだからしょうがないね」で済ませては、ちょっと困りますね。

 かつて知的障害の養護学校と言われていた学校の教員をしていた頃、もう30年ぐらい前のことです。冬の日に、ある小さな女の子が手袋を見て泣いて、手袋をしようとしないことがありました。ところが、次の日に彼女はすっと手袋をして外に行きました。おそらく彼女はそれまでに手袋をすることを求められたことがなかったのではないでしょうか?だからとても不安に感じて泣いた。「私はこれまで手袋をするように求められたことはなかった。これは何?どうするの?」と言葉での表現はしませんね。そうはできません。不安でなんとなく怖くて泣くしかなかった、ということだったのではないでしょうか?でも、前日に周りの子どもたちが手袋をして外に行くのを見たので、「こうやって外に行けばいいのね」と納得して自分から手袋をしたのだと思います。

 当時の養護学校で彼女は「重度・重複」と見られて、そのグループで指導を受けていました。でも、経験していないだけで、一度本人が納得できるように教えてもらったり、自分から納得できたりすれば、何事もなかったように目的に応じた行動をするのでした。彼女が理解するルートに応じて支援すれば目的に応じた行動をするのでした。

 支援する者が、このような理解をしないとか「どうしたらわかってもらえるだろうか」と努力をしなければ、「混乱している子ども」とみなして、それに応じた対応をしてしまいかねません。

 学校の避難訓練で上履きを履いたままではどうしても外に出られなくて混乱する生徒を担任した時、前からいる先生から「避難訓練では大変なことが起こる」と聞いていました。訓練前日に、やや強引な指導でしたが、私が彼の上履きを玄関からポイっと外に投げ出したことがありました。

彼、「ウワッ!なにをする!」。

私、「まあ、いいからこうしましょ」と、彼を押して、靴下のままで玄関からすぐそこにある上履きを取りに行かせました。そうしても「この世の中では安心して過ごせる」と実感できた彼は、避難訓練で何事もなかったように上履きのままグラウンドに避難できたのでした。

彼と私はどういうわけかウマが合っていつもニコニコ笑い合える関係だったので、こんなやや強引な取り組みも成功すると私には確信があったので行ったことでした。

 もし、彼女や彼が「気持ちが乱れやすい」「いつも混乱する」と見られ続けていたらどうなっていたでしょうか?実際に彼は以前のクラスでは特定の同級生たちとの折り合いが悪く大変苦労していました。そういう期間が長かったのでした。しかし、なぜかウマが合う私が彼と休み時間に面白おかしく楽しく過ごしていると、折り合いが悪かった同級生たちが寄ってきて、彼をおもしろがるようになりやさしくなり、やがて彼はそのクラスで明るく授業を受けるようになりました。

 表面上の理解で「(あの生徒は)いつも気持ちが乱れる」「指導が難しい」と思うところから、支援者はもう一歩踏み込んで、「それじゃあ、どうしたら子どもに理解してもらえるだろうか」と相手の気持ちや状態を想像し、彼らが理解するだろうと考えられる方法で支援することが大切です。予想が外れてうまくいかなければ、考え直して別の方法で取り組めばいいのです。

 ただ、気をつけなければならないのは、支援する側と支援される側両者の根底に相手を思いやり尊重して安心できる信頼関係がなければどんな支援もうまくはいかないということです。また、「こだわっている」「不安に思っている」時の状況によっては、踏み込んでいかずにそっとしておいた方がいいこともあります。普段の心を通わせた付き合いから、言葉で言わなくても相手の気持ちが自然にわかってくることもあります。ウマが合うとそうなっていきます。どんな時もどんな人ともそうできるのではありませんが、そうなるような努力をしなければ始まらないのです。

稲刈り後の田んぼ

本人や親の気持ちと願いをよく聴こう

ーー  10月9日  ーー

 かつて成人の身体障害がある方(Aさん)の支援をほんのわずかしたことがあります。Aさんは脳性まひのために身体障害があります。

 Aさん「朝、母に仕事場に送ってもらう。母の職場に間に合うように送るから、私の仕事場のカギがまだ開かない時間に着く。ドアの前で立って待っているのはつらい。」

 私「それなら、ドアの近くに椅子を置いてもらったらいいのではないか?」

 Aさん「私は一度椅子に座ると、前に取手になるものがないと立ち上がれない。」

 私「知らなかった…」

 何のことはない。彼の職場が、彼の障害を理解して、椅子を置いて、時間になって鍵を開ける人が彼の手を引いて立ち上がらせくれればそれでいいのでした。このことを言える関係が彼と職場の間になかったのでしょう。当時は私も相談支援専門員をしていなかったし、彼の職場に申し入れることがありませんでした。

 極めつけは、Aさんの引っ越し先を一緒に探して、彼がこだわる浴槽と彼の障害の関係を私が全然理解していなかったことでした。Aさんは一定の深さと幅がある浴槽がある物件を探しました。私も手伝ってあちこち探しました。彼は浴槽の条件が合わないとすべて断っていました。私にはこれが理解できず、「こんなに探しても見つからないから、もう折り合いをつけてほしい」と言ったのでした。

 後からAさんのお母さんから聞きました。

「今、Aは一人で風呂に入ることができる。それは条件がそろった浴槽だから。その条件を整えることができず、人に介助されて入浴するようになれば、もう一生一人で入浴できなくなると理学療法士から言われている。」

私はただ「‥」でした。

そして、Aさんはとうとうその条件に合う物件を見つけたのでした。

 教科書に書かれている「障害」についての知識を理解することは重要です。それ以上に重要なのは、本人・家族からしっかり話を聴いて願いを理解することです。けっこう難しく、具体的な支援をしながら何回も話し合わないと、どんなことを求めているのかがイメージできないことがあります。いくら支援する善意がたくさんあるとしても、相手がどんなことを求めているかを把握できなければ、的外れでへたをするとかえって迷惑なことになってしまいます。

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沢登り

ーー  10月1日  ーー

 実は「沢登り」というものを知らなかった。昨年9月にお師匠さんからその誘いがあった時に、「えっ、真夏を過ぎて、沢の水は冷たいのでは?」と思ったのですが、新たに沢登り用の靴を買って、お師匠さんと沢登り専門家のお二方に連れて行ってもらいました。

 これはおもしろい!水をジャブジャブと進む、滝をよじ登る、おまけにきのこもある。

 汗だらけになって、ヘルメットをかぶった頭から汗が滴り、メガネに落ちてくる。こんなことがとても気持ちいい。

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 沢登りは登るにつれて急登になってくるようだ。沢は何度も二又に別れ、お師匠さんと専門家さんはどちらに進むかをしきりに話し合っている。尾根近くまで行くと沢は途切れて藪をこいで行くことになるので、その藪漕ぎの距離をいくらでも短くするために、地図、GPS、かつて登った時の記録を見て、しきりに考えている。超初心者の私は能天気に彼らの判断に従ってついていくだけ。

 おかげさまで、今年も2回連れて行っていただいた。

 60歳近くなってからスキーを再び始め、60歳を過ぎてから初めての沢登り、楽しみがグンと広がりました。

 お師匠さん、専門家さんに感謝です。

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最重度の方の一泊旅行

ーー  9月1日  ーー

 最も重い障害がある方に、普通に仕事をしている弟さんが「お父さん、お母さん、お兄さんで一泊旅行に行って来たら。犬の面倒はおれがみているから」と提案。早速両親が本人に「男鹿温泉郷は?」などと訊いてみて、本人からの「いやだ」とか「もっと、こういうところも観てみたい」という要望を聴いて、田沢湖に行くことになったのでした。ご本人さんもネットでいろいろ調べていました。

 行き先は決定したものの、酸素濃縮装置や喀痰吸引の器具など、持っていかなければならない物がたくさんありますよね。ストレッチャーで移動できるバリアフリーとか援助してくれる人たちが必要ですよね。そして、食事をして泊まれるホテルがあるのかが大問題ですよね。

 本人と家族の要望を聴いてていねいに親切に対応してくれたホテルがあったのでした。部屋で食事をしてもいいのですが、他のお客さんたちが食事するレストランを体験してみたいという要望に、本人と家族も他のお客さんたちも困らないように配慮してくれたのでした。この旅行で本人が望んだことはすべて実現できました。

 私はこの話を聞いて、ビックリしました。でも、どんな障害があってもやりたいことができる世の中であってほしいですよね。今回の旅行で、ご家族のがんばりやホテルの温かさに感動しました。

車いす用車のパーク

教師の善意が実は子どもを苦しめることもある  家庭・学校・福祉事業所の連携を

ーー  7月1日  ーー

 障害がある子どもが適切なアセスメントがあって、学校でどんなことをどんなふうにして指導するかを関係者からの情報も活用して本人・親御さんが納得してスタートできればどんなにいいでしょう。また、学校で支援に困った時、本人・親御さんが疑問に思った時、関係している福祉事業所から情報交換をしたいと申し入れがあった時、すべての参加者がお互いを尊重しながらなるべく早く会議を開催できればどんなにいいでしょう。


 実は私も30年ほど教員として働いていました。自分ではまじめに一所懸命なつもりで子どものためと信じていたのだが、後から「あれは大きな考え違いだったのではないか」と悔やむこともありました。子どものためと思い込んで指導していたのですが、結果的にその子どもと親御さんに苦しい思いをさせてしまったと後悔しています。本当にすみませんでした。


 失敗から得たことの一つは、「子どものことは親が一番わかっている」ということです。親御さんに特別支援教育の専門家ではないのですが、どのようなことに子どもが喜び、どんな状況で子どもがいやがるかを経験的・直観的に知っています。この情報を十分に得て、子どもが大変な恐怖や不安を感じることは避けて支援にあたらなければならないと思います。不用意にそのような経験をさせたら、その後の子どもの気持ちの持ちようや行動に大きな影響与えてしまいかねません。特別支援教育でも不登校ということはあり得ます。それをした先生を見ただけで拒否的な態度をとるようになってしまいかねません。教師から見れば、「何をこんなことで」「こんなことで恐れていては将来世の中で生きていけないでしょ」ということかもしれませんが、本人にすればとても大きな問題で耐えられないのです。本人のこの思いを無視して教師の価値観を押し付けてはいけない、と思います。


 子どもの今の状態から出発して(たとえそれが世間の常識から大きくかけ離れている状態でも)、本人・親御さんが納得できるようにして支援を続け、その支援でいいかを本人・親御さんに確認しながら信頼関係を作っていったらいいですよね。


 現実には教師の価値観の押し付けは生じてしまいやすいです。「もっとできる」「がんばればできる」などと、子どもがもっと成長するだろうと信じて指導してしまいます。教師にとってはそれがあたりまえで純粋に子どものためと思っているのですが、子どもにとってはそれが大きなストレスで耐えらえれないとか、学校では確かにがんばってできたのですが緊張や不安を抱え込んで家に帰ってから爆発するということもあります。子どもも「自分にはできる」と思い込んで一旦は挑戦しますが、やってみたら思いのほか大変で混乱することも起こりえます。


 今は文部科学省も厚生労働省も「家庭・学校・福祉事業所の連携」を提唱しています。教育がスタートする時点からこれができたらいいと思います。万全に準備をしたと思っても困ったことがしばしば生じます。なるべく早めに親御さん・外部の関係者を含めた会議を開いた方がいいのです。どんなに子どものためだと純粋に思っても、相手から確認を取らなければ方向違いは生じかねないのです。

ayame

我が子がとても苦手にしている子どもに普通にやさしくする

ーー  5月8日  ーー

 人を支援する仕事をしている人は、きっと支援している人から自分が励まされたり感心させられたりしているのではないでしょうか?

 学年相応の学習内容を取得できるし、学校生活での集団の動きにもついていけるのですが、ついつい我が道を行って、授業中に自分が理解できればあとは好きな本を読んでいたり、気になるものがあれば状況にかかわらずそちらに歩いて行ったり、いろいろなことをしてしまう発達障害がある子ども。お母さんはさぞや気に病んでいることだろうと私は思うのです。気には病んでいるでしょうが、このお母さん、やさしいし心が広い。

 こういうお子さんにとってクラスでとても苦手な同級生がいたりします。お母さんと私が学校で授業参観して休み時間になった時でした。我が子がとても苦手にしている同級生が、このお母さんから同意をもらって慰めてもらいたいように、ちょっと不平があるようなことを話してきました。お母さん、我が子に話すようにやさしく応じていました。「すごいなあ」と思うのです。私は、親は我が子がとても苦手にしている子どもをつい避けようとするのではないかと思っていたのですが、そうではないのです。この同級生の話しぶりから前々からお母さんといい関係ができているように見受けました。

 「お母さん、すごいですね」と私が言うと、お母さんは「えっ?」「何がすごいの?」と。お母さんにとって全くあたりまえのごく普通のことなのですね。それがまた私には「すごい」と思えたのでした。

nadeshiko

念願の20km走 完走

ーー  4月30日  ーー

 バックカントリースキーでお師匠さんの足を引っ張る64歳4か月の私。何をするにも体力が大切。当面の目標は20km完走。

 やってみたら案外苦労もなく20kmを走りました。家の近くの小泉潟公園をぐるぐる回って20.28km。ゆっくり走り始めてだんだんペースを上げて、10km走って、ちょっとベンチに腰掛けて水分を補給して、あとはゆっくり走って、途中で栄養ドリンクを飲んだりして、終わってみれば、それほどの疲労もなく、「やればできるもんだなあ」。

 昨年の秋には無理をして転んで膝を痛めたことがあったので、この春はゆっくりと無理をせず、誰と競争するでもなし、マイペースで自分が楽しければいい。

 私の場合、今回できても次はどこか体調不良で「全然走れないなあ」ということが起こるのが問題なので、この改善をしていきたい。

 後半、走っているのか歩いているのかわからないような速さで、公園内の日本庭園「水心苑」に入ってみました。「きれい」なのですが、それ以上に心落ち着くように造られているのですね。これからは時々散策してみよう。

水心苑

お師匠さんの足を引っ張るバックカントリースキー

ーー  1月29日  ーー

 今冬は夏油高原スキー場、田沢湖スキー場で練習して、お師匠さんから連絡があって、阿仁スキー場へ。いつものようにリフトを使ってすいすい滑るのではなく、ゴンドラを降りてから、いざバックカントリースキーへ。これをするためにゲレンデで練習し、ジョギングや自転車こぎで体力増強をしてきたのです。

 雪が深い。もし、転んだら雪に沈み込み、自力では立ち上がれない。

 慎重に滑って、転ばずにいくけど、これじゃへっぴり腰でかっこわるい。

 でも、問題は滑り降りてから、上に登っていくこと。ここにはリフトがない。お師匠さんは新雪・深雪を踏みつけ登っていく。私はお師匠さんがつけたトレースをなぞって登っていく。5分、10分と経つと息が上がり、意識はしっかりしているけど、体がついていかない。先を行くお師匠さんとの距離がだんだん広がる。

 これを3回繰り返して、気持ちは「もっと滑ればへっぴり腰じゃなくて、もっとかっこよく滑れるはす」。だけど、なんとか登るけど青息吐息。情けない。「こんなはずじゃなかった」。

 いつものように、どんどんできるお師匠さんの足を引っ張って、「それじゃ、帰りましょう」とするしかない。

 遭難することなく、けがもなく帰れたから、まあ、何よりですよね。でも、こんなレベルじゃね。

 次はしっかり登れるように体力増強を。

 新たな目標ができたバックカントリースキーでした。

バックカントリースキー

冬には、雪かき、雪下ろしをするのがあたりまえ

ーー  1月29日  ーー

 この冬、大雪なのですが雪かきがあまりつらいと思わないのです。 内陸部の豪雪地帯とは比べ物になりませんが、それでもこの法人がある沿岸部も今冬は雪が多い。法人の建物がある駐車場をしっかり除雪するには、除雪機を使って1時間半はかかります。除雪機を方向転換しtり積雪の状況に応じてハンドルを持ち上げたり、作業が終われば汗ぐっしょり。いい運動です。

 当然、自分の家の周りも雪かきをします。こちらはトラクターにバケットをつけてぐいぐいやります。

 さらに、屋根の雪下ろしを。これは危険な作業です。気をつけてやります。

 体力・運動能力・認知力を維持していたいということもありますが、もともとこういう仕事がきらいではない。きれいに除雪された駐車場を見ると、じわーと満足感が沸き上がります。 

雪山

夢は大きく、専門的に支援できる事業所に

ーー  1月29日  ーー

 このブログを書く大きな目的の一つは、このNPO法人が発達障害がある子どもたちへの支援が専門的にできることをどうにかして世間に認めていただきたい、ということなのです。

 専門性の一つはアセスメントについてです。アセスメントは、どのような方法で支援したら子どもとご家族が安心して暮らせるか、子どもがのびのびと自分の力を発揮して生きていけるかを探るためのものです。

 そして、実際に支援してどうだったか?子ども本人、親御さんの願いは充足できているかをチェックしながら支援していきたい。もし、なかなか目標に到達できないのであれば、関係者みんなで話し合って、アセスメントも含めて環境調整や支援方法を見直して善処するような、そんなチームでの支援を作っていけないだろうかと夢見ている。

 障害児者の相談事業所を経営しながらこれをしていくのはもちろん大変な仕事です。今のところ、ごく少人数のボランティアと共に、発達障害がある子ども、不登校の子どもへの実際的な支援をしているところです。ひきこもりの方への支援もしています。また、相談事業所と契約している子どもが利用している放課後等デイサービス事業所に出向いて発達検査を実施することも始めました。

 まだまだスタートしたばかりですが、私は発達障害については専門性があると自負しています。特別支援教育の教員として20年以上勤務してきたし(その間、失敗もしてきましたが、反省してそのような失敗は2度としないようにと思っています)、資格(公認心理師、学校心理士、等)を取得し、勉強してきました。これらの経験・知識に加えて、お子さん・ご家族の立場に立って一緒に考えていき、実際に支援していく。なかなか出口が見えないことがあっても粘り強く関係者と話し合いを続けていくのが専門家だと思っています。何かをやり遂げて完結した専門家ではなく、現在進行形の専門家ですね。

 今のところはボランティア活動としていますが、できればさらに専門性を深め(理論を学び、検査の回数を重ね、実際の具体的な支援のケースも増やしていきたい)、スタッフも増やしていければいいのですが。スタッフに生活できる給料も払える事業所にすることができたら最高ですね。

梅の木と花